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惰弱な人と貪欲中学生。




こんにちは、あわはらです。



分かっています。分かっていますよ。

愛は醜くも素晴らしい。

愛は愚かしくも輝かしい。

分かっているのです。

むしろ下賎な私など、人より何倍も愛に期待していますよ。

胸を焦がし続けていますよ。

愛を与えたいし、愛を感じたいと思っています。

それ故に現実が追いつかないのです。

客観的に見たら些細なことでも、私には汚らわしいと思えてしまうのです。

馬鹿な話ですよね。

昔から自分の世界に入り浸ってるからこうなってしまうのですかね、

人と向き合うことをしてこなかった報いですかね。


いつも現実と理想において葛藤しています。

だったらいっそどちらかに傾いていた方が楽なのでしょうが、

それも出来ないでいるのです。

弱い意思に怠惰な生活。

ダメな人ね。


あわはら
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永い道程と貪欲中学生。



こんにちは、あわはらです。

本当に人生は長いですね。

長過ぎです。

20の若輩にして80も生きたような心地です。

12になるまでは、時間が過ぎるのは速いと思えたこともありましたが、

13を数えた頃には、夕方までの時間が気の遠くなるほど長いと感じ、

今では、時の流れが拷問のように苦痛です。
時が流れるほどに治らない傷が増えていく感覚で、

終わりの見えない創傷になぜ耐えなくてはならないのか理由を暗中模索です。

その答えを見つけられた時、何が待っているのやら分かりませんが、

これだけ長い時間大変な思いをしているのですもの、私をビックリさせてくれるのでしょうね。(たっぷりの皮肉を込めて)



あわはら

不貞と貪欲中学生。





こんにちは、あわはらです。







貴方たちに人のことを「ビッチ」と言う資格なんぞありませんよ。


私の知る限りでは、複数人と付き合うということを前提に生きている女の人としか出会ったことありません。


ならば、結婚するまでに

「6人と付き合いました」という女の人と

「500人と付き合いました」という女の人に
差なんか無いではないですか。

違う。男をすぐに代える、誰とでもすぐに寝るということがビッチだという反対意見もあるでしょう。

たしかに、それは紛れも無くビッチでしょうね。

それなら、愛があれば良いということですね。

毎晩違う人を愛せる人はビッチではない。そういうことですね。




くだらないですよ。貞操観念なんかあったもんじゃないです。

私はそういうことに関して潔癖だと自負してます。

だれもかれも汚らしい人たちばかり。

皆さんがそれで良いなら構いません。

ただ私には近づかないでください。

貴方たちの鼻につく匂いは耐え難いものがあります。




あわはら

さようならと貪欲中学生。


こんにちは。

粟原です。



知人が自殺しました。

死ぬななんて言いませんが、一言言って欲しかったですね。

まだ話したかったことがあったのに。


この一年で周りの人たちが三人自殺しました。

原因はそれぞれだと思いますが、誰もが一様に絶望したことは事実です。

全ての感情を塗り潰し、絶望だけが自分を支配する。

何度考えてもやはり絶望だけが絶対ではないですか。

悲しみや憎しみと言った負の感情は、生きるという曖昧で最低限の活動すら拒絶してしまうのです。

愛ですか、人を救うのは。夢ですか、人を前進させるのは。

全く理解出来ません。ヘドが出ますね。

そんなもの「ウットリさん」だけにしか通用しませんよ。

そんなもの絶望の前には塵と化すのですよ。

安易なことは言わないし、言わないでください。

真実は一つ。

当たり前のことです。


絶望だけが人生さ。





あわはら

悲しみと貪欲中学生。



こんにちは。

あわはらです。



年末から新年にかけて、本当に辛いことがありました。

久しぶりにかなり落ち込む出来事でした。

20年生きてきて、大抵の苦しいことはほとんど体験したと思っていましたが、

新しい感覚の悲哀に苦悶しました。

ここまで辛い年越しは初めてです。




私が覚えている限り、想い出に変わることはなく

ふとした瞬間に思い出すことがあれば、それからようやく初めて想い出になるのだと思いますが、

今回の件はいったいそれがいつになるのでしょうか。

ちなみに、20年前母親に怒られた記憶も昨日のことのように覚えている私です。

並大抵のことでは忘れません。何度も考え、苛まれ、悩み、反芻するのでしょう。



もういっそのこと全生活史健忘症になりたいのです。

全て忘れてどこか違う場所で、ここでない場所で過ごしたいです。

それも出来ない歯がゆさにまた苦悩しています。



なんのために生きるのか、常に考えていました。

その答えは自分で作れば良いことも知っていました。

そして、ようやく、ようやくですが私にも見つけることが出来たのです。

とても嬉しかったです。一生をかけて何かのために生きることはとても素晴らしいことだと思いますから。

私にもようやくまともに生きる糧が出来たと思いました。


そして、見つけた次の瞬間には、その糧を失いました。

本当に一瞬のことです。

無くしました。

生きているという証明を失いました。私が私であるというアイデンティティを失いました。




正直に、昔から自分は生きていても仕方ないと思っていました。

そして今回の件でよくわかりました。

やはり生きていても仕方ないのですね。

真っ当に、誠実に、優しく、時には情熱的に、慎ましく、人らしく、

ただ「良く生きていこう」と思っただけです。

それすら出来ないのです。私には。




死にたいなんて小学生の頃から思っています。

ただ、今までこうして堕落しながらも生きているということは、

死ぬことが何よりも怖く、残ったモノに未練を感じているからなのでしょうね。

早く誰かに殺されるか、事故で死ぬことを望んで止まないのです。

卑怯ですよ、臆病ですよ、死ぬことまでも人任せなんてね。



立ち直れないほど、貶されたいです。蔑まされたいです。

何もかも捨ててしまう覚悟を生んでくれるように。

もう一度やり直せば良いなんて、言わないでください。

それが出来ないから苦しんでいるのですから。




これからどうすれば良いのでしょうか。

何を想って生きていけば良いのでしょうか。

何かを消費するだけの人生などに興味はありません。

そんなのは「生きている」とは言いません。

自分のためだけに生きることも同じです。

私は人になりたいのです。



やらなくていいことばかりの中で生きていくのは、辛いです。

何かを守りたい。何かを育てたい。何かを産みたい。

とても簡単なことなのに、少しも出来ないでいる私は愚鈍としか言いようがないです。



私に出来ることは、二度と目覚めることが無いように願うだけです。


あわはら

プロフィール

クライムシティ

Author:クライムシティ
こんな国を好きだというのか、と言う私。大丈夫、この国は大丈夫。と言う君。

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